●鷹狩 たかがり
アジア 日本 AD
鷹を放って禽獣を狩る猟法で,古くは季節により朝鷹狩(春)・認狩(夏)・小鷹狩(秋)・鷹狩(冬)の名称があり,また,大型の禽獣を狩る場合を大鷹狩,小型の禽獣を狩る場合を小鷹狩と呼んだ。『大鏡』や『今昔物語』には犬飼(いぬかい)を伴い,鷹・犬ともに放って,空陸から禽獣を追わせるという場面が描かれている。アジア大陸中央部におこって世界各地に広まり,わが国に渡来したのは『日本書紀』によると仁徳朝のこととされている。文武天皇が「大宝律令」を制定されたとき,兵部省に主鷹司(しゅようし)をおいて狩猟の鷹や犬の調習を掌らせた。鷹狩は貴紳の嗜みとされ,天皇はじめ貴族たちが放鷹を催した。近世には徳川家康はじめ武将の嗜むところとなり,諸国大名もそれにならった。鷹飼にかわる鷹匠を抱え,養鷹にあたらせた。幕末のころから鷹匠は私にも鷹狩を行い,大名の庇護を離れて民間に入っていった。鷹匠たちが後世まで活動した地域は秋田・山形両県で,マタギの狩猟圏とも重なるため,しだいにその習俗を帯びるようになっていった。
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