●台湾出兵 たいわんしゅっぺい
アジア 日本 AD1874 明治時代
1874年(明治7)に日本政府が台湾原住民による日本人殺害の責任を追及して台湾に軍隊を派遣した事件。1871年台湾に漂着した琉球漁民54名が台湾原住民に殺害され,1873年には備中国小田県(現在の岡山県)民4名が同様の被害をうけた。日本政府は台湾を領有する清国政府に善処をもとめたが,清国側は原住民が“化外”であるとして応じなかった。そこで,日本政府は,1874年2月台湾への派兵を決め,4月陸軍中将西郷従道を台湾蕃地事務都督に任命した。5月22日西郷以下3,000名の日本軍が台湾に上陸し,6月3日までに原住民地区をほぼ制圧したが,風土病に悩まされ,戦死者12名に対して病死者561名に及んだ。そこで,全権弁理大臣大久保利通が北京にわたって交渉し,清国政府に日本の行動を認めさせるとともに遭難漁民への見舞金など50万両(テール)を得て撤兵した。この結果,それまで日清間の紛議となっていた琉球の日本帰属が国際的に確定した。