●泰和律令 たいわりつれい
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金の第6代皇帝章宗の泰和年間に完成発布された基本法典。金朝では中国支配の深まりとともに,中国法の採用は避けられなかった。第2代太宗の時代,すでに女真固有の法律と中国風の法律との二重体系がみられた。第3代煕宗の皇統年間,中国風の法典皇統制1,000余条が頒行され,第4代海陵王の正隆年間には続降制書,第5代世宗の大定年間には大定重修制条,12巻1190条が頒行された。裁判では,法典を補闕するため唐律が併用された。章宗は1190年(明昌1),評定所をおいて律令の審定を始め,検討後1202年(泰和2)5月頒行された泰和律令は唐律の影響が著しい。金の泰和律令は佚して伝わっていないが,フビライ=ハンが1271年(至元8)使用を禁止するまで,元朝でも循用されたので諸書に佚文が残っている。〔参考文献〕仁井田陞『中国法制史研究 刑法』1959,東京大学出版会
葉潜昭『金律之研究』1972,台湾商務印書館