●平重盛 たいらのしげもり
アジア 日本 AD1138 平安時代
1138〜79(保延4〜治承3)平安末期の武将で清盛の長子。小松内大臣ともいわれる。1150年(久安6)従五位下に叙せられるが保元・平治の乱に父とともに参戦,戦いに勝利して平氏政権が確立すると昇進をつづけ,従二位内大臣にまで進む。『平家物語』のなかでは,猛々しい清盛とは対照的に,沈静さと温雅そして教養を兼ね備えた武人として,朝廷とのあいだにあり,仲介を勤めたと描かれている。彼の人間像を伝える逸話がいくつか『平家物語』にみえるが,それらは,1177年(承安1)の鹿ケ谷事件の露見で後白河法皇を中心とした謀反計画を知り,怒って法皇の幽閉にとりかかろうとする父清盛を諫止した話や,春日大明神が悪行超過した清盛の頸をとった夢をみて一門の運命を悟った話,仏道に励み,世に〈燈籠大臣〉といわれた話などで,多少彼を英雄視しているきらいがある。一門の若き頭梁として期待されながらも,父に先立って年若くして病死した。