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●大名火消 だいみょうひけし

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 江戸時代,江戸の消防組織には,幕府の若年寄所管の定火消(じょうひけし)・大名火消・町奉行所管の町火消(まちひけし)があった。幕府は大名の課役の一つとして出火の時には消火活動を命じたが,制度としては1657年(明暦3)明暦の大火以降整備された。火消の人数は1万石以上5万石までは騎馬の武士3名ないし4名,足軽20名,火消人足30名,それ以上石高が増えるに応じて人数も増えた。消火の受持場所は,江戸市中を東西南北に分けた方角火消,寛永寺・増上寺・御草米蔵・湯島聖堂など幕府関係の重要施設の所に火消,大名屋敷の近所3町以内の近所火消などがあり,常置の警備として江戸城の紅葉山・西の丸・寛永寺・増上寺などに火の番が置かれた。そのほか大名によっては自邸やその近辺の警備のため火消人足を召抱える藩もあった。加賀藩前田家召抱えの火消は勇敢で,その装束も華美なところから,加賀鳶(かがとび)と称され,黙阿弥の歌舞伎にも扱われている。