●大名行列 だいみょうぎょうれつ
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江戸時代,参勤交代などで大名が公的に外出するとき,軍事体制に準じて供揃の行列を組んだ。大名の公的な外出には,参勤交代のほか日光東照宮参詣・上洛参内などがある。幕府は武家諸法度(ぶけしょはっと)に〈百万石以下二拾万石に上二十騎を過ぐべからず。十万石以下その相応となすべし〉(慶長20年)とか〈参勤の交替は定期を違ふべからず。従者の員数その分限に過ぐべからざる事〉(宝永7年)とか定め,各藩の家格や石高によって人数や行粧を規定したが,行列は藩の威光を誇示するため,人数を増し,行粧を競った。行列の順序は,先払の徒士・金紋先箱(きんもんさきばこ)・髭奴の振る毛槍・槍持や鉄砲隊によって規定された。たとえば1〜2万石は1,500坪,10〜20万石は7,000坪と定められた。大名屋敷の遺構としては,水戸徳川家上屋敷の後楽園・柳沢家下屋敷の六義園などの庭園,東京大学にある加賀前田家の御守殿門(表門)などがある。
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