●太平道 たいへいどう
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中国後漢末,張角が創始した宗教教団。五斗米道と並び道教の源流をなし,また以後中国史上に周期的に発生した反体制的宗教反乱の嚆矢とされる。後漢中期に干吉が神人より授与された『太平清領書』(『太平経』)を信奉し,太平の天下を実現しようとしたので太平道と呼ばれる。鉅鹿(河北省平郷県)の人である張角は,治道と神仙・方術の混融した黄老の道を学び,大賢良師と自称し,信者に犯した罪を告白させる儀式を施し,符水と呪文で医療を行い,よく治ったので民衆に信奉された。四方に弟子を派遣した結果,河南,山東を中心に多数の信徒を得たので“方”という単位で軍事的に組織し,〈蒼天(漢室)すでに死し,黄天まさに立つべし〉との口号を放って,184年(中平1)2月に蜂起した。黄色の頭巾を着けて味方の徴にしたので,この乱を黄巾の乱と呼ぶ。張角病没後,すぐに鎮圧されたが,残党の小反乱はつづき,事実上,後漢王朝崩壊の決定的な契機となった。