50音順    検 索

●太武帝 たいぶてい

アジア 中華人民共和国 AD408 

 408〜452(天賜5〜承平1・興安1)中国の北魏王朝第3代の皇帝(在位423〜452)。本名はタクバツトウ※注1※。諡(おくりな)は太武皇帝,廟号は世祖。生まれつき勇敢で実行力に富み,父太祖の業をついで,北はモンゴル高原の柔然を抑え,南は南朝宋と和平関係を保ちながら,まず華北に残存した諸小国を一掃して王朝の基礎をいっそう強化した。425年(始光2)南侵していた柔然を討って大打撃を与え,426年(始光3)夏(匈奴赫連氏)を攻めて長安を取り,翌427年(始光4)その都統万城を陥れて滅ぼした。ついで北燕馮氏)を滅ぼして遼河流域を収め(438,太延4),河西の源州による北涼(沮渠氏)をくだして(439,太延5)華北統一を完成した。統一後,再び柔然を討って大打撃を与え,屯田軍政区を配置して北境の備えを固め,450年(太平真君11)宋を討って国力を衰退させた。内政では漢人崔浩を重用して制度を整え,賞罰を厳明にして国力の充実につとめた。また寇謙之を教信して道教に傾き,444年(太平真君5)廃仏毀釈を断行して仏教を断圧した。晩年は宦官宋愛のため政治を誤まり,最後は彼のために殺された。

00