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●大日本産業報国会 だいにほんさんぎょうほうこくかい

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 1940年11月30日,労働者の戦争への動員と労資協調と軍需生産増強を目的にした産業報国会の全国連合体として創立された。産業報国会が1938年に提唱されたが,結成がなかなか捗らなかったため,政府が直接指導に乗り出し,警察によって半強制的に産報結成と労働組合解散が進められた。この間に,労働連動の主流であった全日本労働総同盟も新体制運動のおこった1940年7月に解散し,同年11月の大日本産業報国会結成にいたった。総裁=厚生大臣・会長平生釟三郎(日鉄会長)・理事長湯沢三千男(内務官僚)という陣容で,指導権を握った特高警察などの内務官僚によって事業所別・地域別に産報運動が展開された。1942年5月には大政翼賛会に加わった。しかし,荏原製作所はじめ労働者の抵抗もあって,労働者の勤労意欲をかきたてる所期の目的を達することはできなかった。1945年9月30日,占領軍命令で解散した。