●第二次世界大戦前後のドイツ文学 だいにじせかいたいせんぜんごのドイツぶんがく
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ヴェルサイユ条約体制下のドイツは,とりわけ1929年の世界恐慌によって,政治的・社会的・経済的には混乱と不幸のどん底にあえいでいた。失業者は街頭にあふれ,左右の対立は激化の一路をたどり,議会は今やその機能を完全に喪失し始めた。このときヴェルサイユ条約の破棄と国家社会主義の政策によるドイツの再興,さらには,反ユダヤ主義・ゲルマン民族至上主義を象徴する「血と土」の神話の実現,つまり,ドイツの世界支配をスローガンとした,ヒトラーの狂信的国粋主義は,その天才的な宣伝力とあいまって,ほかの政党からはおよそ期待できないほど電撃的な呪縛力をもって,混迷の極にあった当時の国民の中間層や下層の民衆の心をとらえたのであった。ナチスは大衆政治として国民のあいだで異常な人気を博し始めた。同時にまた,このナチスの運動に根底で生気を吹きこんでいた局面打開の情熱は,その文化活動の面においては,反主知主義・非合理主義という形をとることによって,頽廃し疲弊しきっていた西洋文明に対する最もラディカルな診断と批判として作用したのであった。そのために,このナチズムの媚薬に眩惑されたり,魅了されたり,あるいはまたその虜となった知識人や芸術家も決して数少なくはなかったのである。ナチスは政権樹立後,芸術のすべての民族主義的単一化という,その基本方針を遂行するために,徹底した言論統制と粛清を行った。ユダヤ人作家や,共産主義・社会主義・コスモポリタンなヒューマニズムなどの反体制的な立場を打ち出している作家たちに対しては,頽廃的・反民族的というレッテルが貼りつけられ,プロイセンのアカデミーから追放され,焚書の措置がとられた。このようなヒトラーの独裁体制下で,作家はその資性のいかんにかかわらず,政治的態度の決定を迫られた。ここにおいて作家は,国内にとどまるか,それとも国外に亡命するかという,その生存にかかわる問と対決しなければならなくなったのである。ドイツ文学の受難の時代はここに始まったといえる。以後,作家は,危機をくぐりぬけることによって精神的に真に成熟し,後世に残るような作品を残すことができるかどうか,というぎりぎりの試練の場に立たされたのである。国内にとどまった作家といっても,その生き方は千差万別であった。コルベンハイヤー(1878〜1962)・ドヴィンガー(1898〜?)・ハンス=グリム(1894〜1967)・ブルンク(1891〜1958)たちのように,「血と土」の神話や北方的・郷土的民族主義を謳歌する,ナチスの文学の旗手となった作家もいた。初めのうちはナチスに対して冷淡,あるいは,批判的であったのに,知らないうちにそれが発散する野蛮な審美主義の魔力に魅せられてしまったり,国民としての倫理と義務を重んじるがゆえに,その狂信的愛国主義の魔手にからめ取られてしまい,最後のところではナチスに抵抗できなくなった群小詩人たちも多くいた。またベンのように当初はナチズムのなかに自己の詩的イメージの具象化のようなものをみたがゆえにナチスを支持しながらも,そのうちに自分の過失を認識し,最後のところでは自分なりの抵抗を試みた人もいた。なかには,沈黙によってナチスとのかかわり合いを避けたり,内心で抵抗することによって,いわゆる〈国内亡命〉をしていた作家たちもいた。この部類に入る詩人としてまず指を屈するのは,ヴィーヒェルト(1887〜1950)とカロッサである。他面,アメリカを中心に国外に亡命した作家たちは,上記の詩人たちとはまったく別の運命に遭遇し,別の道を歩んだのであった。ちなみに,ここで故国ドイツとの絆が断たれてしまったということは,作家にとっては,生活面でも精神面でも,きわめて不安定であった。それは同時にまた創作そのものの危機を意味していた。それゆえ,このような運命の重圧下にあって作家としてどのように生きるか,このことによって時代と自己自身に対してどのような解答を与えるかという問との対決は,その文学の価値を決定する窮極の試金石となったのである。それだけに亡命作家といっても,各人の生き方は多種多彩をきわめていた。ベッヒャー・ブレヒト・ゼーガース・ヴォルフ(1888〜1953)などのようにマルクス主義の作家として,またハインリヒ=マンのように戦闘的ヒューマニストとして,アンガージュマンの文学の領域において,それぞれ自己の世界を形象化し,後世に優れた作品を残した人たちもいた。亡命地にいるがゆえに,かえってドイツ文化の真の担い手であるという自覚に徹し,〈よいドイツ〉との精神的連帯を深めていったトーマス=マンのように,左・右両翼のラディカリストたちによって,すでに死刑の宣告をされていた過去の19世紀の教養遺産のなかから,時代の要請にこたえるヒューマニズムの可能性を抽出し,叙事詩のなかにシンフォニックに造形してきた詩人もいた。なかにはまた志なかばにして挫折し,悲劇的な生涯を閉じた人たちもいた。ここで以上の作家以外の重要な亡命作家をあげるならば,フォイヒトヴァンガー(1884〜1958)・シュテファン=ツヴァイク・ローベルト=ムシル・ヨーゼフ=ロート・ヘルマン=ブロッホ(1886〜1951)・トラー(1893〜1939)・レマルクなどの名が数えられる。ちなみに,ナチス時代においては,ヒューマニズムという,全人類の道徳的・倫理的師表ともなっていたドイツ文学の真正な伝統は,全般的には亡命作家によって擁護され,継承されていたとさえいわれている。第二次世界大戦終結後のこれらの亡命作家たちの去就に関しては,東西に分割されたドイツに帰った人,亡命地にとどまった人,マンのようにアメリカからスイスに居を移した人など,それぞれであった。