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●大納言 だいなごん

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 律令官制における議政官(国政審議官)の一つ。671年(天智10)正月に任命された御史大夫(ぎょしたいふ)は,太政大臣大友皇子の執政を補佐するものであったが,大納言の源流としての議政官であったとみられる。そして672年の壬申(じんしん)の乱後の天武朝では,侍奉官といえる性格の納言(なごん)だけであったが,689年(持統3)6月施行の浄御原令の官制によって,大・中・小納言に区分された。ついで律令的官制が完成した大宝令制では,大納言は太政官の次官として,大臣とともに太政官合議体を構成して,国政の審議にあたり,大臣不在のときには,代わって政務などを執行した。大宝令官制では定員4人,正3位相当官であったが,705年(慶雲2)4月,人材難を理由にして大納言の定員を二人に削減し,令外(りょうげ)に中納言3人を置いた。やがて権(ごん)大納言が生まれて,8〜10人ほどに増加して,明治維新にいたるまで存続した。