●大同団結運動 だいどうだんけつうんどう
アジア 日本 AD1886 明治時代
1886〜89年(明治19〜22)自由民権諸派による反政府統一運動。国会開設を控え1886年10月,旧自由党員を中心に東京で全国有志大懇親会が開かれ,発起人の星亨は〈小異を捨て大同を旨(むね)とすべし〉と説いて運動が芽生え,1887年(明治20)5月大阪での会合にも板垣退助・星ほか全国の有志が集まった。同年10月3日,旧自由党幹部の後藤象二郎は,改進党系を含め民間の政客を東京芝の三縁亭に招き懇談し,「丁亥倶楽部」を結成し,大同団結運動をおこした。三大事件建白運動と相まって全国的に高まった運動は保安条例で弾圧され,1888年2月,改進党を率いる大隈重信の外相入閣後も,後藤が運動の機関誌「政論」を創刊し,地方遊説につとめたが,1889年3月,黒田清隆内閣の逓信大臣に就任したので,中心人物を失い,政社組織の主張者たちの「大同倶楽部」(河野広中ら)と,ゆるい連合を唱えた非政社派による「大同協和会」(大井憲太郎ら)に分裂した。〔参考文献〕『自由党史』下,1958,岩波書店