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●帯刀禁止令 たいとうきんしれい

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 明治維新後まっさきに廃刀を首唱したのは,森有礼であった。彼は,1869年(明治2)5月,公議所に官吏兵隊のほか,帯刀を廃するは随意たるべきこととの議案を提出したが,満場一致で否決され,森は免職,位記返上を命じられた。しかし,1871年(明治4)8月には,散髪・服制とともに,脱刀勝手たるべしの令が出された。ついで1872年(明治5)徴兵制が発布され,この施行に際し,1875年(明治8)12月,陸軍卿山県有朋は,廃刀すべきことを建言した。かくて,1876年(明治9)3月28日〈制限アル服着用ノ節ヲ除ク外〉の帯刀を禁じた太政官第38号布告が出され,大礼服着用者・軍人・警察官以外の帯刀が禁止された。これにより政府の権威は増強されたが,士族の特権の象徴であるべき帯刀を許されなくなったことが,士族の憤激を買い,熊本の神風連など反動をひきおこした。