●代田法 だいでんほう
アジア 中華人民共和国 AD
中国前漢武帝の末年に,捜栗都尉趙過がはじめた新しい農法。広さ6尺,長さ240歩の1畝の土地に幅1尺,深さ1尺,長さ240歩のケン※注1※3本をつくり,このケン※注1※に種をまく。そして発芽・成長してくると,ケン※注1※とケン※注1※のあいだの壟(うね,幅1尺)を崩して芽の根元に土を寄せていき,風害や干害を防ぐ,ケン※注1※と壟を毎年交替させていくので,代田というようである。この農法は,それまで普通の広畝散播(ひろうねばらまき)法に対して,畝立列条(うねたてれつじょう)法という農法で,畝当たり1石の増収があり,労働力も軽減したという。また,趙過は,この代田法施行のために,グウリ※注2※を考え出し,二人3牛による耕作を推しすすめた。この新農法は,漢の都長安付近や西北辺境・居延城の屯田地区に普及したとされる。
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