●大西洋憲章 たいせいようけんしょう
ヨーロッパ 英国 AD1941 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1941年8月9〜12日,アメリカ大統領ルーズヴェルトが戦艦プリンス=オブ=ウェルズ号に乗ってニューファウンドランド沖の大西洋上まで訪れたイギリス首相チャーチルと会見し,武器貸与法の具体的適用問題や両国の協力にもとづく防衛問題を協議した結果,同年8月14日に発表された両者の合意に拠る宣言。8項目からなり,アメリカ・イギリス両国の第二次世界大戦後の平和構想を発表した宣言として知られている。[1]領土の不拡大,[2]関係住民の希望に反する領土変更の不承認,[3]住民による政治形態の選択権尊重,並びに強奪された主権と自治の回復承認,[4]全ての国家に対する通商と資源獲得の保証,[5]労働条件の改善や社会保障確立のための国際協力,[6]恐怖と欠乏からの解放を保証するための平和の確立,[7]公海の自由航行の保証,[8]武力行使の放棄,侵略国家に対する武装解除と軍備縮小,がその要約である。この8項目の原則はウィルソンの14カ条の精神を継承したものとみられ,日本の真珠湾攻撃に拠るアメリカ参戦後の1942年1月1日に大西洋憲章は連合国共同宣言に取り入れられ,連合国の戦争目的を示すものとなった。その後なおイギリス−アメリカ間に利害関係の調整を必要とする問題もあり,国際連合の設立を明確に方向づけたのは1943年10月のモスクワ外相会議であったが,大西洋憲章が国際連合の理念的基礎となったことは明らかである。