●大審院 だいしんいん
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大日本帝国憲法下における司法権行使の最高かつ最終機関。明治維新以後,上級裁判所として司法省臨時裁判所・司法裁判所があり,司法卿も一定の裁判権をもっていたので,司法権は行政権から完全に独立していなかった。1875年(明治8)大阪会議をへて漸次,立憲政体を樹立するとの詔書が出され,元老院・地方官会議とともに,大審院の開設が約束された。同年5月以降,司法権独立を多少とも保障するため法規が定められ,1890年の裁判所構成法をもって制度的に完成された。大審院は,大審院長の下に民事部・刑事部が置かれ,上告された事件の審判を行った。また,天皇・皇族に対する危害罪および内乱罪については,大審院が予審からあたり上訴はいっさいできなかった。さらに,判例による法文解釈の統一も基本的任務であった。1947年(昭和22)日本国憲法の施行と同時に廃止され,最高裁判所に代わった。しかし,戦後改革の対象とされなかったため,旧態依然という側面も否定できない。