●太政官札 だいじょうかんさつ
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明治維新当時の政府財政は非常に貧弱であったので,財政補填と殖産興業の資金に充当する目的で,元福井藩士三岡八郎(のち,由利公正と改名)の建議にもとづき,1868年(明治1)5月,政府紙幣として太政官札を発行した。太政官札は不換紙幣で,官札または金札と呼ばれた。体裁は旧幕時代末期,明治直後にも発行されていた藩札とほぼ同じであった。すなわち,額面は十両・五両・一両・一分・一朱の5種類であった。この発行は新政府としては最初のもので,三井組・鴻池(こうのいけ)組等豪商のバック=アップをとりつけ,京都でこれを用い,ついで大阪,その後,東海道筋で使用し,その成功をまって東京・東北地方へ及ぼした。各府県に対して石高割り貸付(1万石大名には1万両),流布に努めた。当初,通用期間を13カ年と定めてあった太政官札も,結局,1879年(明治12)8月末に,回収された。発行総額は4,800万両に及んだ。