●太子講 たいしこう
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大工・左官・鍛冶屋などの職人仲間の講で,太子は一般に聖徳太子のこととされている。正月と7月か8月ごろ,日を定めてみなが集まり,聖徳太子の表具を宿の床の間に掲げておまいりし,そのあと飲食する。表具は“聖徳大子”“厩戸皇子”と墨書したものや,聖徳太子の尊像を描いたものが用いられる。また,石碑が立てられることもある。とくに正月の講のときには新年会をかねて盛大に行い,新年に当たって賃金の協定や種々の申し合わせなどをして,横の連絡がとられる。本来はお日待ちと称して,宿は講中仲間の家を順に使用し,夜に行われたが,しだいに広域から集まるように変わり,日中行われることが多くなっている。むかしは2,8月は仕事が少なかったが,今は年中多忙であることから,組合総会を兼ねて正月だけ行うというところもふえてきている。聖徳太子は中国から仏教を伝え,寺院を多く建てた人で,職人の世界を初めて開いてくれた人とされている。