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●太湖 たいこ

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国の江蘇・浙江の2省にまたがる湖で,古くから震澤・具ク※注1※・笠澤・五湖などの名で呼ばれている。春秋時代には,呉と越の境界となった。東西約60km,南北約45km,面積約2,000平方km。湖中には東洞庭山・西洞庭山・馬蹟山など多くの島嶼があり,景勝の地をもって知られる。また,古来,洞天福地とも称され,道教の聖地としても名高い。漢代以降,江南が開発されるにつれて,太湖の水は灌漑に利用され,太湖周辺は中国有数の米産地となった。その後,太湖はしばしば氾濫をおこしたため,北宋の景祐年間(1034〜38)には茫仲庵が,明の1404年(永楽2)には夏原告が,1494年(弘治7)には徐貫らがそれぞれ治水に成功して,民利を増進させた。しかし,その後も水患が絶えず,清朝や中華民国の時代を通じて治水に意を用いたが,中華人民共和国になって太湖水利委員会が設置され,根本的な治水対策に取り組んでいる。湖上の住民は約20万人。農・漁・養蚕を主な生業としている。

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