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●大官大寺 だいかんだいじ

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 この寺は大安寺の前身ともいわれ,また百済大寺より発展したものであるともいわれ673年(天武2)に造寺司を設けて大寺を高市に移して高市大寺と称したが,678年(天武6)にさらに大官大寺に改められた。そして天武天皇はこの寺で無遮大会を行われ,また持統天皇も鐘を改鋳され,694年(持統8)には金光明経・金剛明経が施入されている。この寺の位置は現在の明日香村小山といわれ,そこから最近5間の発掘から3間の中門や9間に4間の講堂,さらにはそれをつなぐ回廊塔などの規模が逐次明らかとなってきつつある。しかしこの寺も711年(和銅4)に藤原京が焼けたのに伴って焼失したとも考えられ,その結果平城新都に移されて大安寺と寺名を改めて建立されることとなったのである。そしてこの大官大寺はのちの国家仏教への進展を示すものといえるのである。

〔参考文献〕太田博太郎『南都七大寺の歴史と年表』1979,岩波書店