●大学別曹 だいがくべっそう
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古代の大学寮の衰微につれて,有力貴族によって設立された大学寮付属の寄宿舎兼勉強部屋で,その発達につれて,独立の私立学校と理解されるようになった。その主なものは和気氏の弘文院・藤原氏の勧学院・橘氏の学館院・在原氏の奨学院などで,いずれも平安初期の創建で,なかでも勧学院は,藤原氏の勢力を背景にしてもっとも大きく,〈勧学院の雀蒙求をさえずる〉と評された。別曹の隆盛によって,本来公的な官吏養成機関であった大学寮は変質して氏族的な摂関政治の学校としての色彩が強くなり,大学寮の試験も情実で行われるなど形式化した。三善清行の意見封事によってもその状況がうかがわれる。大学寮は平安末期には有名無実となり,1177年(治承1)の焼失後は再興されなかったが,別曹も貴族の衰微とともに衰滅した。〔参考文献〕桃裕行『上代学制の研究』1947,目黒書店
大久保利謙『日本の大学』1943,創元社