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●大雲光明寺 だいうんこうみょうじ

アジア 中華人民共和国 AD 

 唐の代宗のとき,ウイグルに勅して建立させたマニ教寺院。唐が安史の乱を平定する際にウイグルの援軍を借りたことから,乱後にウイグル人の往来が頻繁となるにつれ,彼らのあいだに信奉されたマニ教が中国内地に浸潤するようになった。768年(天暦3)6月長安に在留のウイグルに命じてマニ教寺院を建てさせ,この寺に大雲光明の寺額を賜り,ついで771年正月荊州・揚州・洪州・越州などにも同名のマニ教寺院を建立。唐代におけるマニ教の勢力はウイグルの勢威とその盛衰をともにしていた。武宗はウイグルの衰勢に乗じて積極的討伐を行ったから,会昌の廃仏に際し,ウィグルと関係の深いマニ教も弾圧され,大雲光明寺と廃毀を被った(843年)。しかしマニ教がこれで掃滅されたわけではなく,その後も各地で潜行的に流伝し,南宗のころまで中国内地にいくばくかの勢力を有していたようである。