●第1次五カ年計画(中国) だいいちじごかねんけいかく
アジア 中華人民共和国 AD
朝鮮戦争が休戦となった国際環境の変化を背景として,中国が本格的に着手した社会主義建設。1953年10月,毛沢東の「過渡期の総路線に関する指示」が出され,ソ連の経験に依拠しつつ,1967年までに独立した工業体系確立・農業集団化完成・独立した国防体系形成を内容とする構想が示される。第1次五カ年計画はその初歩的成果をめざしたもので,固定資産の投資配分にみられるように,農業よりも工業,軽工業よりも重工業が重視された。だが1928年当時のソ連の半分以下の一人当たり食糧生産量という低生産力を出発点にしながらも,建設部門などで増大する都市人口を支え,かつ生産財輸入の代償輸出を担わされた農業は,農工産品価格差や農業税による強蓄積に耐えきれず計画のボトルネックとなる。1956年の中国共産党第8回大会では,その克服のため農民への分配部分を多くする方向を示さざるをえなかった。〔参考文献〕上原一慶『中国社会主義の研究』1978,日中出版