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●存在論・形而上学 そんざいろん・けいじじょうがく

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 存在論は,特定の意味または特性によって他のものと区別される具体的な個々の存在者ではなく,世界のあらゆる存在者一般にわたる原理や存在者をして存在者たらしめる原理に関する認識をめざしており,内容的には,アリストテレスが第一哲学あるいは神学と呼んだ形面上学と同じものである。形而上学という訳語の原語は,ギリシア語の meta(後)と physica(自然学)との結合から成る。これはアリストテレスの著作の編集の際に,自然学に関する論文集の後に配列された一群の論文がこの名で呼ばれたことに基づくものである。形而上学は,その後の古代哲学の発展過程において,自然を超えるものという意味に転釈され,内容的にはあらゆる存在者一般にわたる原理を探求する学問となり,個々の存在者を超えて一般的な超感性的な存在者一般の認識をめざす哲学の一部門となった。

【アリストテレスの形而上学】プラトンは,真の存在はイデアであり,現実の個々の存在は単なる仮の存在にすぎないと考え,イデア界現象界とを区分した。アリストテレスは,現実主義の考えをとりこの考え方を否定した。彼は,現実の存在から離れたイデアは単なる名辞にすぎず,そのようなものを真の存在とすることはできず,また,イデアが現実の存在の実現されるべき目的・理想であるならば,それは現実の存在の内にあるものでなくてはならないと考えた。アリストテレスは,現実の存在が形相と質料とから成ると考えた。質料とは個々の事物をつくっている材料のことであり,形相とは質料を限定して現実に存在する個々の事物たらしめるものである。現実の事物の運動は,質料が形相を目的としてそれを実現しようとしておこされるものと彼は考えた。彼は,この運動する現実の個々の存在こそが真の存在と考えた。

【キリスト教と形而上学】アリストテレスの形面上学が彼自身によって神学と呼ばれたときには,何らの宗教的意味をももっていなかった。しかし,中世において神学が,また,神学の侍女としての形而上学が形成されていく過程のなかで,プラトン・アリストテレスの哲学が決定的な機能を果たし,形而上学は神学化された。形而上学は,あらゆる存在者一般にわたる原理を探求するという超越的性格をあいまいにして,神という一種の存在者についての領域的認識を志向することになったのである。キリスト教的神学と形而上学の結合を示すものには,次のようなこともある。カントのすぐ前に,ヴォルフによって組織された伝統的形而上学において,本来の形而上学は神の存在とその本質的属性を対象とする神学と,魂の単純性と不滅性とを問う精神論と,世界の普遍的構造とそのなかでの意志の自由について考える宇宙論という三領域に分割されたことである。また,ドイツ観念論の形而上学の根本主題たる絶対者が,もともと三位一体の神(絶対的精神)とされていたことなどである。

【現代の存在論・形而上学】形面上学のもつあらゆる存在者一般にわたる原理への志向と,それに対応する経験的・自然的認識態度一般の超越という学的遂行性格とは,カント批判哲学をはじめ,コントの実証主義やヘーゲル=マルクス的弁証法の立場から批判・軽蔑された。その結果,19世紀半ば以来,形而上学は近世的諸科学に比べて客観性の薄いものとして見られ取り扱われてきた。しかし,20世紀に入ってから,かなり漠然とした意味で形而上学的復活が語られ,これに応じてさまざまな形而上学的思想が,とくに生の哲学実存哲学のような非合理的色彩を帯びて表れてきた。現代の形而上学の中心は,『デカルト的省察』を書いたフッサール現象学と,さらにそれを発展させたハイデッガー基礎的存在論への展開のなかにある。これらの現象学的形而上学と相前後して,ベルグソンヤスパースにより二つの独特な形而上学も生み出されている。