●ソロンの改革 ソロンのかいかく
ヨーロッパ ギリシャ共和国 AD
ソロンは前7世紀後半から6世紀前半の人。アテナイの政治家・立法家で,ギリシア七賢人の一人に数えられている。貨幣経済開始期に当たるこの時期,アテナイは深刻な社会的変動を迎えた。従来の貴族身分に対して非貴族身分が台頭すると同時に,平民も富裕者と貧困者とに分化して,利害の対立が複雑に入り組む状況であった。貧困者は富者に隷属して,負債のために所有地さらには身体を抵当に入れ,生産物の一部を富者に納め,不能の場合には奴隷に売られて異郷を流浪する者もいた。このような社会的危機に直面して,アルコン兼“調停者”として全権を委ねられ,全体的な利害の対立を解消しようとしたのがソロンであった。まず彼は貧困者の借財全額の帳消し,抵当に入っている土地の抵当標を撤廃するとともに,人身抵当を禁止することによって小土地所有者の没落・奴隷化を阻止することに努めた。この救済措置は後の民主政への道を開いた。国政面では,彼は貴族と非貴族富裕者との利害の対立を解消するために,金権政治を実施して市民の土地財産を評価し,国政参加権と兵役義務の負担を明確にし,従来の非貴族身分の一部である農民級にまでこの権利と義務を及ぼした。古典的都市国家市民の権利と義務が国政参加と兵役であったとするならば,ソロンのこの政策はアテナイの国制史の上で極めて重要な意味をもっている。しかし,彼の改革は土地の再分配までを期待した貧困大衆,平民の成り上りに不満であった貴族層の満足を得ることはできなかった。ソロンは貴族政から民主政への移行において,民主政への第一歩を進めた政治家として評価される。