●孫恩の乱 そんおんのらん
アジア 中華人民共和国 AD399
中国,東晋の末期,399年から402年にかけて江南地方で展開された道教系の民衆反乱。孫恩(?〜402)は琅邪(山東省諸城県)の人。代々五斗米道を奉じ,叔父孫泰は江南の道士杜士恭に学んで華南各地に布教したという。江南の五斗米道は,同地民間の水神信仰と融合したものと言われる。398年(隆安2)孫泰は,政治の乱れをみて挙兵を準備して捕殺され,恩は海上に逃れたが泰の昇仙説を利用して信徒を糾合し,翌年,権臣司馬元顕の虐政による世情の混乱に乗じて復讐の兵を挙げた。恩は緒戦に勝利して会稽(浙江省紹興県)を占領したが官軍の攻撃を受けて後退し,以後浙江の海岸地方を転戦して進退を繰り返すうちに衰退し,402年(元興1)臨海(浙江省臨海県)に敗れ,海に投じて自殺した。乱は恩の妹婿盧循(?〜411)によって継承され,盧循は中央政府の混乱によって403年に広州に安堵された後,410年(義煕6)再び挙兵して翌年敗亡したので,両者を孫恩・盧循の乱とも総称する。