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●ソロモン諸島 ソロモンしょとう

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 東径155度から170度,南緯5度から12度にかけて位置する。主要島嶼はグァダルカナル島チョイスル島(ショアスル,ラウルともいう)・サンタ=イサベル島・ニュー=ジョージア島・マライタ・サン=クリストバル島(マキラともいう)の六島。首都ホニアラの所在地はグァダルカナル。合計陸地面積はおよそ2万9,785平方km。1982年末の推定人口は約24万8,000人。

 少なくとも3,000年前から人が住んでいたが,ヨーロッパ人としての発見者はスペイン人のメンダナで,1568年,南アメリカのペルーを発し,現在のサンタ=イサベル・グァダルカナル・マライタ・サン=クリストバルに到達している。当時,スペイン人はソロモン諸島をソロモン王の財宝が隠されている島々と想像していた。

 1893年,イギリスはグァダルカナル・ザヴォ島・フロリダ諸島マライタ・サン=クリストバル・ニュー=ジョージア諸島を,続いて1898年および1899年,サンタ=クルス諸島アヌタ島ファタカ島レンネル島等の離島を保護領とし,さらに1900年,イギリスが西サモア諸島から手を引くことを条件に,ドイツとの協定によって,ドイツの影響下にあったサンタ=イサベル・チョイスル・オントン=ジャワ環礁,およびブーゲンヴィル島東南・南方に位置する小島群を保護領とした。

 1942年(昭和17)5月,日本軍はツラギに進出して水上機基地を設営し,続いて7月初旬グァダルカナルで飛行場の建設を開始した。6月のミッドウェー沖海空戦で,大勝利を得て反攻に転じていたアメリカ軍は8月7日,グァダルカナルおよびフロリダ諸島ツラギタナムボゴに上陸して制圧した。日本軍はグァダルカナルの飛行場奪回のため,一木支隊,川口支隊,第2師団を次々と逆上陸させたが撃退され,ついに翌1943年2月7日,グァダルカナルから全面的に撤退したが,その間,周辺海上においても第一〜三次ソロモン海空戦サヴォ島沖海戦ルンガ沖海戦等が行われ,補給を絶たれたグァダルカナルの日本軍は飢えに苦しみ,のちに餓島とさえ表現される有様であった。

 さらに1943年6月,アメリカ軍はニュー=ジョージア諸島のレンドヴァ島を制圧,続いてニュー=ジョージア島およびヴェラ=ラヴェラ島を占領し,日本軍は一部の孤立し無力化した兵力を除いて,ソロモン諸島から駆逐されるにいたった。第二次世界大戦末期には,マライタ島マアシナ=ルールをはじめとする反イギリス民族主義運動も発生し,やがてソロモン諸島は,1978年7月7日,イギリス女王を国家元首とする立憲君主国として独立した。

 主要産品は木材・魚介類(カツオ・マグロ等)・コプラ・パームオイル。公用語は英語だが,ピジン語も広く使われている。

 なおブーゲンヴィル島およびブカ島は,ソロモン諸島西北部諸島と歴史的に交流が深く,地理的にもソロモン諸島に属すが,第一次世界大戦までドイツ領ニューギニアとともにドイツ領であったため,現在でもパプア=ニューギニアに属し,同国の北ソロモン州を構成している。