●ソ連の対日宣戦 ソれんのたいにちせんせん
アジア 日本 AD1945 昭和
第二次世界大戦の末期,1945年(昭和20)4月5日,ソ連は“日ソ中立条約”の不延長を日本に通告,同年8月8日外務人民委員(のちに外相)モロトフは,クレムリンで特命全権大使佐藤尚武に対日宣戦布告文を伝達した。翌9日にソ連軍は満州へ進攻し日ソ間は戦争状態に入った。これより先,アメリカ空軍は,8月6日に広島へ原子爆弾を投下,さらに9日には長崎へ原爆を投下した。同年2月11日,アメリカ大統領ルーズヴェルト F. D. Roosevelt,イギリス首相チャーチル,ソ連首相スターリンはヤルタで密約を交わして“ヤルタ協定”を調印,ソ連は樺太島・千島諸島のソ連帰属を条件に,ドイツ降伏後2〜3カ月中に対日参戦を実行する旨を確約した。日ソ間の戦争行為は,8月15日の日本のポツダム宣言受諾,9月2日の降伏文書調印によって事実上終結され,1956年(昭和31)10月19日,“日ソ共同宣言”がモスクワで調印された。