●ソ連軍のポーランド進撃 ソれんぐんのポーランドしんげき
ヨーロッパ ポーランド共和国 AD1939 ドイツ連邦共和国による分割
1939年のソ連によるポーランド東部占領。同年8月23日の独ソ不可侵条約の秘密議定書により両国のポーランド分割を確認したドイツは,9月1日にポーランドを攻撃するとともにそれをソ連に通告,共同行動を促した。ソ連は行動をためらったが,予想外に早いドイツ軍の進撃を前に決断を下し,9月17日に〈ポーランド在住の兄弟,ウクライナ人および白ロシア人に援助の手をさしのべる〉との口実で軍隊を出動させ,ほとんど無抵抗のポーランド東部を占領した。ソ連の反応が遅れたため,ドイツ軍は秘密議定書で定められた境界線よりもかなり東側に入りこんでいたが,ソ連はそれをドイツに譲る代わりにリトアニアをソ連の勢力圏に入れることを提案,ドイツもそれを認め,9月28日に独ソ境界友好条約が結ばれた。このときソ連が占領したポーランド東部は1921年3月のリガ条約で失った地域で,住民の多数はウクライナ人・白ロシア人であった。