●蘇秦 そしん
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生没年不明。中国戦国時代の遊説家。洛陽に生まれ,貧窮のなかで一念発起して斉の鬼谷先生に師事して弁論の術を修めた。秦に遊説して用いられず,燕・趙・韓・魏・斉・楚を巡って巧みな弁論で諸王に六国の合縦を説き,連合して秦にあたることに成功,蘇秦は六国の相を兼任した。このため秦は15年間にわたって函谷関以東に進出できなかったといわれる。しかし秦の張儀らの工作で六国の連合が崩れ,蘇秦は趙から燕さらに斉に走って客居したが,斉において刺客の手に倒れた。以上が『戦国策』などの伝える蘇秦の生涯であるが,所伝の内容は時間的・地理的に矛盾が多く,史実としては信頼できない点が多い。しかし近年の研究で蘇秦は斉のコン※注1※王(在位前300〜前283)に仕えた人物で,六国の連合工作もおそらく事実であろうとされている。したがって史実として張儀の連衡策の方が先行することになり,「合縦連衡」の故事は蘇秦ののちの縦横家によって物語として脚色されたものである。
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