●蘇軾 そしょく
アジア 中華人民共和国 AD1036 北宋
1036〜1101(景祐3〜建中靖国1)北宋の政治家・文人。字は子セン※注1※、東坡と号し、蘇洵の長子で、大蘇とも呼ばれた。四川省眉山県の人。1057年(嘉祐2)、21歳で進士にあげられ、はじめ地方官を歴任した。英宗の信任を得て中央に戻ったが、次の神宗のとき王安石の新法政治に反対して左遷され、杭州をはじめ諸州の地方官を歴任した。湖州の知事のとき政治を風刺した詩が問題となり、1079年(元豊2)投獄ののち黄州に5年間流された。このとき有名な「赤壁の賦」をつくり、また東坡に雪堂を築いて、自ら東坡居士と号した。哲宗元祐の旧法党時代に翰林学士兼侍読として中央に復帰したが、派閥抗争いわゆる「洛蜀の党議」ののち、さらに1094年(紹聖1)、新法党の復活によって嶺南僻遠の広東に配流された。彼は生来剛直のため中央政界から貶斥されることが多かったが、学問は博学で詩文にすぐれ、文豪として唐宋八大家の一人に数えられ、『蘇東坡全集』がある。
