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●蘇州 そしゅう

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 中国,江蘇省蘇州市。春秋時代の呉の都であった。秦代には會稽郡,漢代に呉郡,隋代に蘇州と呼ばれた。以後も名前に変遷があって,宋代に平江府,元代には平江路とも呼ばれたが,明以後は蘇州と呼ばれて今日に至っている。揚子江下流域のデルタ平野部の中心地として古くから栄えたが,隋唐時代の大運河の開通によっていっそう重要性が増した。宋代になるとさらに繁栄し,南宋に入ると“天に天堂・地に蘇杭”といわれ,国都の臨安(杭州)と並び称されるほどであった。1229年(紹定2)に作製された「宋平江図」は非常に優れた都市図であるが,同時に当時の繁栄ぶりを示すものとして重要である。繁栄は元の時代も続き,マルコ=ポーロの旅行記にも詳しい。元末明初の戦乱をくぐりぬけると再び繁栄し,単に商都としてだけでなく文人も多く出るようになった。仇英の「清明上河図」はその様子を伝えたものとされる。蘇州はクリークの発達した江南の都市にふさわしく水運の中心地としての利をもっていたが,同時に蘇州河・呉淞江によって揚子江と結び海外への渡航の根拠地ともなりえたのが長く繁栄した一因でもある。宋元時代には絹織物業の盛んな地として知られていたが,明代には綿織物業も盛んであり,清代にかけては中国屈指の軽工業都市であった。しかし,清末になって上海が開港したことや,太平天国の乱による被害を受けたことなどによって衰退した。今日では古都として中国有数の観光都市となり,落ちついたたたずまいの都市となっている。

〔参考文献〕加藤繁『蘇州今昔』支那学雑草 1944

宮崎市定『明清時代の蘇州と軽工業の発達』アジア史研究4,1964

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