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●副島種臣 そえじまたねおみ

アジア 日本 AD1828 江戸時代

 1828〜1905(文政8〜明治38)明治時代の政治家。通称二郎,蒼海または一々学人と号す。佐賀藩士枝吉南濠の次男に生まれ,同藩士副島利忠の養嗣子となる。初め尊攘派の志士と交わり,のち藩校教授となる。1864年(元治1)藩が長崎に設けた致遠舘の英学生監督となり,自らも大隈重信とともにフルベッキに学んだ。1868年(慶応4)3月新政府の徴士参与制度事務局判事となり,福岡孝悌と政体書起草にかかわる。1869年(明治2)7月参議,1871年11月外務卿となり樺太問題でロシアと交渉,翌年マリア=ルス号事件の解決にあたり,1873年2月台湾問題交渉のため特命全権公使として清国派遣。同年帰国後,征韓論争に敗れ下野,1月民選議院設立建白に名を連ねるも民権運動には加わらず,1875年から1877年にかけて諸国遊歴。1878年4月宮内省御用掛一等侍講,1887年2月宮中顧問官,1888年4月枢密顧問官,1891年枢密院議長,1892年4月より6月松方内閣内務大臣などを歴任。その書には独自の風格がある。