●葱嶺 そうれい
アジア 中華人民共和国 AD
パミール高原の古代中国名。天山山脈・ヒンズークシ山脈・崑崙山脈・ヒマラヤ山脈の集合点に位し,世界の屋根と呼ばれている。『西河旧事』に〈上に悉く葱を生ず。故に名づく〉とあるところから,この呼称は高原上に葱(ねぎ),恐らくはユリ科の多年生植物“にれ”様のものが生えていたのに由来するのであろう。高原は大体標高5,000〜6,000mの山塊であるが,ムスタグ=アタなど7,500mを超える高原もそびえている。パミールは,人畜の往来を阻む一大障壁をなしている。東西や南北の交流をはかるためには,何としてもここを踏破する必要があった。とりわけ,東アジアと西アジア・インドとの交流においてそうである。このため,大古以来パミール越えのルートが開発・利用され,漢代の中国人にも西域北道・西域南道として盛んに利用された。だが旅行に多大の困難が伴ったことは,前漢の杜欽(ときん)の『資治通鑑(しじつがん)』などに詳しく記載されている。