●左右田喜一郎 そうだきいちろう
アジア 日本 AD1881 明治時代
1881〜1927(明治14〜昭和2)経済哲学者。神奈川県横浜市生まれ。東京高等商業専攻部(現在の一橋大学)卒。1904年(明治37)から1913年(大正2)にかけてヨーロッパ留学。とくにドイツ留学中,フライブルク大学で新カント学派を代表するリッケルトに師事し,経済学の基礎を研究。経済哲学を問う『貨幣と価値』と『経済法則の論理的性質』をドイツ語にて刊行。1913年帰国し,家業を継いで左右田銀行頭取となるが,経済哲学の研究も続ける一方,横浜社会問題研究所を主宰。1925年(大正14)には貴族院議員に選ばれるなど,銀行家としてまた研究者として活躍。その主著『文化価値と極限概念』は,大正デモクラシーの哲学表現として,経済的価値(利)を論理的(克)および倫理的価値(善)に比べて対等にみる視点で創造者価値を重視した。1927年金融恐慌で左右田銀行が休業に追い込まれ,同年47歳にて死去。