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●総税務司 そうぜいむし

アジア 中華人民共和国 AD 

 旧中国の海関行政を管理した外国人官吏。太平天国の乱のさなか,1853年(咸豊3)イギリスは上海海関を占拠し,翌年には英・米・仏三国による海関税務管理委員会を組織する。これが税務司制度の起源となる。天津条約に付随した中英通商章程により,1859年(咸豊9)英国人レイを総税務司とし上海において海関行政を管理させるが,同時に米・仏の税務委員を排除し英国の単独管理に移行する。1863年ロバート=ハートがレイを継いで総税務司に就任,北京に組織を移転させ,外国人任用を定めた章程を正式につくりあげた。日清戦争後には,英国が対中貿易において第1位であるかぎり総税務司は英国人を任命することを総理衙門に認めさせた。1901年(光緒27)辛丑(しんちゅう)条約が締結されると賠償金借款の担保の不足を補うため,開港場から50km以内の常関も税務司の管理下に置かれることになる。各海関は,形式上は中国政府任命の海関監督と総税務司が任命する外国人税務司の共同管理であったが,実権は後者にあった。