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●葬式組 そうしきぐみ

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 村落において葬儀を執行するために組織された仲間を示す学術語。不幸組無常組(講)・講中・同行など,地方によってその呼び方はさまざまである。本来葬式組として組織されているものもあるが,葬儀を執行するために従来からある諸組織を再編成もしくは移行したものが多い。葬儀に関与する集団は,同族団,親類,友人,近隣集団などで,喪家との関係によって葬儀の各部門を分担するが,近隣集団など村落組織の果たす役割とその比重とは,村落の歴史的・構造的な条件によって異なる。葬式組の構成員は,しだいに近隣集団の成員内に限定されようとしている。長野県上伊那郡辰野町平出(旧朝日村)では,村落内の近接する隣組が連合して葬式組を組織する。かつては,各町内を結合させていた秋葉講を,1町内を3組に分けて,1組20軒から30軒ぐらいのものが葬式組を作っていた。その組の仕事は,[1]葬儀全体の統制進行を行う帳場,[2]死亡通知の知らせ,[3]寺方受持・葬具用意方,[4]料理を担当する板の間,[5]穴掘,[6]接待であった。このほか肉親と子分とが分担する[7]死体扱方があった。

【組織】葬儀には,[1]喪家とそれに深い関係を持つ親族・姻族の人々,[2]同族団,比較的遠縁の親族,近隣集団,親方子方関係の人々,[3]友人などの弔問者が参加する。こうした3群の人々のうち,[1]の人々は葬儀の主役であるが,実際に葬儀の大部を執行するのは[2]の人々である。これらの人々がそれぞれの村落の構成形態などの条件によって,さまざまに組み合わさって仕事を分担する。たとえば,同族団+近隣集団+クルワ+親戚+ケイヤク(千葉県成田市),同族団+村内親戚・子分+組合(隣組)+不幸組(長野県上伊那郡辰野町)などのような組み合せであり,そのなかにおける葬式組の果たす役割もそれぞれ違ってくる。一般の村落の葬儀におけるこうした組織の仕事は,多く“内働き”“野働き”あるいは“なかのこと”“外まわり”などといって分担した。具体的には,[1]葬儀執行の中心となってその全般を指図する帳場,[2]葬儀の準備過程における死亡通知の告げ・買物・料理・葬具の調整,[3]葬送過程における葬列・接待・穴掘り・埋葬などがある。このうち,[1]の帳場は葬儀を滞りなく進行させなくてはならず,また香典や経費の管理も行うため,とくに慎重に選ばれる。そして多くの場合,村落内の有力者などが選ばれる。葬式組が分担するのは[2][3]の仕事で,主として“野働き”に相当する仕事が多い。しかしその仕事の内容は地方差が大きい。

【埋葬】土葬が行われる場合には埋葬とそのための穴掘りの仕事が重要であり,この仕事をすることが葬式組の仕事であるように考えられているところもあった。これには,[1]庚申講念仏講など特殊な信仰集団によるもの,[2]近隣集団・同族団など村組によるもの,[3]特定の家もしくは専門職業者に依頼するものなどがあった。このうち[1][2]が葬式組に相当する。[1]は本来信仰集団であるが,葬儀のときにも深くかかわるとともに,葬儀のときのみに活動するようになってしまったものが少なくない。また,葬儀にかかわるがゆえに,集団本来の信仰とはかかわりなく,全戸が加入せざるを得なくなり,葬式組として現在も機能しているものもある。[3]の村落内における特定の家のみが埋葬にかかわることはほとんど見られなくなった。そしてしだいに専門職業者の分担することが多くなってきている。

 葬式組の役割は葬儀の仕方などによって変化する。土葬から火葬になり,また公営の火葬施設の設置や葬送業者の出現によって葬送の手続きは変化し,簡略化された。それとともに大きな葬式組の組織は不用となってきた。

〔参考文献〕井之口章次編『葬送墓制研究集成 第2巻 葬送儀礼』1979,名著出版

信濃教育会東筑摩部会編『農村信仰誌−庚申念仏篇−』1943,六人社