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●宗氏 そうし

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 中世から近世末にわたる対馬の領主。その出自については諸説あるが,ほぼ対馬国衙の在庁官人であった惟宗氏から出たものとみられる。同氏は鎌倉時代に対馬の守護・地頭となった少弍(武藤)氏の守護代・地頭代などの地位にあって宗氏を称しだしたらしい。少弍氏を補佐しつつ,同氏の衰退と裏はらに徐々に島内で実権を強め,1378年(永和4),以前澄茂の代対馬守護となった。室町時代15世紀には貞茂,貞盛の努力により対鮮貿易上優位の地位を保ち,16世紀にはその貿易を独占。文禄・慶長の役にさいし義智(よしとし)も出兵。戦後国交回復に努め,対鮮貿易を再開。近世では朝鮮使節朝鮮通信使)の迎接の役を担った。近世の石高は肥前田代を含め3万石弱。1817年(文化14)に肥前松浦郡浜崎などに2万石加増。1869年(明治2),義達は厳原藩知事,1884年(明治17),伯爵となり1947年(昭和22)にいたる。

〔参考文献〕『寛政重修諸家譜,巻501』。