●曽子 そうし
アジア 中華人民共和国 BC505 周
前505〜前436(定公5〜哀公32)の中国,春秋末戦国初の儒家。諱は参(しん)。字は子輿。魯国南武城邑の人。孔子の弟子。孔子の思想のうち礼楽など形式面を強調する学派に対して,内面的倫理を強調する学派の開祖。子思,孟子はその系譜に連なる。『漢書』芸文志に『曽子』18篇の書名がみえ,『大戴礼』に現存する『曽子立事』以下10篇はその一部。また『考経』も曽子の著作とされるが,いずれも戦国末以降の曽子後学の編集による。『考経』は全階層では一貫するが,各階層では異なる孝の多様性を示しつつ,宇宙・人間界の普遍的原理としての孝を提唱し統一帝国の精神的支柱を提供した。また『礼記』の「大学」を南宋の朱熹は曽子の代表的著者として改編単行して「四書」の1書とし,曽子を道統に位置づけたが,同書は戦国末以降の著作で,曽子との関係も希薄である。『礼記』には「曽子問」など曽子の登場する諸篇が多く,戦国儒家における曽子後学の繁栄を示している。
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