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●曽国藩 そうこくはん

アジア 中華人民共和国 AD1811 清

 1811〜72(嘉慶16〜同治11)中国,清末の政治家・学者。湖南省湘郷県の人。宇は滌生(てきせい),諡は文正。1838年(道光18)の進士。礼部右侍郎在職中に母の死にあい帰郷。太平天国の乱がおこると湖南で団練の組織を命じられたが,団練とは別個に郷勇部隊(湘軍)を組織し,太平天国鎮圧の主力にまで育てた。1860年(咸豊10),両江総督となり,1864年(同治3)の太平天国の滅亡で,功によって漢人としては初めて侯爵を授けられた。1870年(同治9)にはこれまた漢人としては初めての直隷総督に任じられたが,天津教案の処理で非難されたこともあって数ヵ月で両江総督に復し,在任のまま死去した。同治中興第1の功臣と呼ばれ,近代的軍事工場の導入,中国最初の留学生派遣(アメリカ)など洋務運動を指導した。また桐城派の学者・文人としても当代一流で忠考,礼儀廉恥を重んじる態度が清朝への忠誠となった。その配下から左宗棠李鴻章ら多くの人材を出した。その著作に『曽文正公全集』174巻,『曽文正公手書日記』40巻がある。

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