●宗祇 そうぎ
アジア 日本 AD1421 室町時代
1421〜1502(応永28〜文亀2)室町中期の連歌師。種玉庵・自然斎。早く出家し相国寺等にあった。和歌や古典を一条兼良,飛鳥井雅親に学び,東常縁に古今伝受を受け,三条西実隆との交渉は深い,30歳を過ぎて連歌に入り40代にいたって名をあげた。太田氏,上杉氏,大内氏の元へしばしば旅して連歌や古典を指導,1500年(明応9),80歳で越後に旅立ち帰途箱根湯元に没した。1488年(長享2),北野連歌会所奉行となり,明応4年『新撰菟玖波集』を編さんした。連歌に弟子肖柏,宗長との『水無瀬三吟』,『湯山三吟』,『熊野千句』,『河越千句』,『三島千句』等,句集に『萱草』,『老葉』,『下草』他,論書に『長六文』,『吾妻問答』,『淀の渡』等,紀行に『白河紀行』,『筑紫道記』,古典注釈に『古今集両度聞書』,『種玉篇次抄』,『伊勢物語肖聞抄』等がある。連歌本来の技巧面を中世美意識と調和させ,連歌の基本的性格を固め,また応仁の乱後の文化の地方普及を進め,連歌の最盛期を導き出した中心人物。
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