●宋学 そうがく
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清代の考証学,すなわち「漢学」に対して宋代以降の思弁的哲学をいい,「理学」,「性理学」などとも呼ばれる。「宋学」の中心は,朱子学」であるが,一般には陸象山の学,清代の「陽明学」も「宋学」に含められる。「宋学」の源流は唐代の韓愈の論文『原道』に求められる。韓愈はここで仏・道に対する儒の立場,士大夫の理想主義を宣揚しているのであるが,この精神を継いで真に「宋学」の開祖となったのが周敦頤である。これよりテイコウ※注1※・程※注2※・張載らにより深められていった理論は,南宋の朱子にいたり集大成されることとなる。「朱子学」の成立は宋代に自らを確立させた士大夫が,仏・道の理論を摂取しつつこれと対抗して独自の学を成立させた,という大事件であった。程頤・朱子が“性即理”をその倫理学の要となすのに対し,“心即理”を唱えてこれに対抗したのが陸象山である。しかしこの対立が真に決定的となるのは王陽明の登場以後のことであった。「陽明学」はその展開の過程で先鋭化し,ついには「儒学」の枠そのものを乗りこえようとするにいたる。「宋学」の展開はここにおいてほぼ窮まった。ただし,体制教学としての「朱子学」は王朝体制崩壊までその命脈を保ちつづけた。
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