●荘王(楚) そうおう
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在位前614〜前591 中国春秋時代の楚国の王。春秋五覇の1人。名は侶(りょ,旅)。穆王の子。即位後,暗愚をよそおって日夜女楽におぼれ諫言を禁じた。3年後,大夫蘇従の死を賭した諌言を機に,悪臣数百人を誅殺し,良臣数百人を引き上げて国政を刷新した。その年,庸(湖北省竹山県)を,のちに舒蓼(じょりょう,安徽省舒城県)を滅ぼして領土を拡大した。前606年(荘王8・定王1),洛河の中流域にいた陸渾(りくこん)の戎を討って,兵を東周の洛邑城外にすすめ,周王の使者に周の九鼎の軽重を問うた。前597年(荘王17・景公3)には晋軍をヒツ※注1※(河南省鄭州)で破り,中原の覇者となった。また,晋と同盟していた宋,鄭,陳を服属させた。前598年(荘王16・成公1),陳の逆臣夏徴舒を誅殺して,陳を自国の県にしたが,諫言を聞いて陳の国を回復した。前597年,鄭を囲んだが,謝罪の意を示した鄭の君を許した。前594年(荘王20・襄公11),宋を囲むこと5カ月,城中の食糧が尽きて,子供を食っていることを聞くと囲みを解いた。
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