●宋雲 そううん
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生没年不明 北魏の僧。敦煌(甘粛省敦煌)の人。北魏明帝時代の実力者であった胡太后の命を受けて,518年(神亀1),沙門法力や恵生らとともに,仏典を求めて洛陽より西域に使いした。土谷渾・ゼンゼン※注1※・ウテン※注2※などをへて,520年(正光1)ガンダーラ(乾陀羅)にいたる。カニシカ王の建てた,雀離浮図・那竭城の仏頂骨などの仏蹟を巡礼して,521年(正光2)洛陽に帰った。そのときもち帰った梵本経典はおよそ170部といわれる。その後の事跡については明らかでない。著書としては『旧唐書』経籍志や『新唐書』芸文志の史録地理類に『魏国以西十一国事』一巻と記されているが,現在には伝わっていない。『洛陽伽藍記』5巻には彼の旅行記を「宋雲家記」として多く引用されているが,同じ書のことと考えられる。彼の記述は法顕の『仏国記』と玄奘の『大唐西域記』の中間に位置するものであり,当時の西域の仏教事情を知るうえにおいても貴重なものである。
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