●染料 せんりょう
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繊維・皮革その他の被染物を染める色素となる物質。天然染料と合成染料に2大別されるが,合成染料発明以前はもっぱら植物・動物・鉱物などから採取した天然染料が用いられた。【天然染料と染料植物】天然染料の大半は草根木皮実に含まれる植物色素で,動物性・鉱物性染料はきわめてすくない。前2000年あるいはそれ以前よりエジプトでは染色が行われたらしく,動植物性の染料が用いられたことがギリシア・ローマの文献にみえる。動物性染料としては,前1600年ころから地中海沿岸地方で巻貝プルプラからとれるティル紫(ティリアン=パープル)による染色が盛行し,前1000年ごろのフェニキアの都市ティルスやシドンはティル紫によって栄えたという。またこの貴重な染料による染色はそれ自体高貴な色とされ,ローマ帝国の東方遠征時代には古代紫は皇帝の色として一般庶民の禁色とされた。わが国にはティル紫に似たものとして貝紫があり,海士・海女の作業衣に用いられた。このほか,イカの墨からとれるセピア,エンジムという混虫からとれるケルメスとコチニール(赤色染料),牛の新鮮な尿からとれるインジアン=エロー,臙脂虫からとれるカルミン(臙脂)などの動物性染料がある。鉱物性染料としては埴(丹土・朱砂),胡粉,黄土,墨などの顔料がごく僅か用いられたにすぎない。植物性染料としては藍・茜・阿仙薬・アルカナ・鬱金・オールド=ファスチック・槲・カドベア・刈安・ガンピア・黄蘗・桐・栗・胡桃・ケルトシトロン・サフラン・石榴・椎・紫草・紫壇・蘇芳・楠・タバコ・茶・藤黄(草雌黄)・縹・柘・檳榔子・五倍子・ブラジルウッド・紅木・紅花・ヘチマン・ペルシアベリー・木犀草・楊梅・ログウッドなどの染料植物が利用され,藍と茜は最も広く用いられた。これら植物性染料は,直接染法の浸着度が低く,染色の前か後に媒染剤処理を必要とするものが多い。植物染めの媒染剤には灰汁・石灰・鉄泥・明礬・枯礬・緑礬などを用い,また媒染剤の相違によって発色色相に種々の変化を得た。たとえば楊梅はその樹皮を染料として用い,直接染料では褐黄色,媒染染法では媒染剤として明礬で黄色,石灰で褐色,鉄で黒が得られる。
【合成染料】天然染料に対して人造染料ともいい,有機化合物として化学的につくられる。そのほとんどは芳香族多環化合物で,ベンゼンやナフタリン・アントラセンなどの芳香族炭化水素から透導される。現在工業生産されているおもなものを化学構造から分類すると,アクリジン染料・アゾ染料・アリザリン染料・アントラキノン染料・インジゴイド染料・カルボニウム染料・キサンテン染料・キノリン染料・キノンイミン染料・ジフェニルメタン染料・スチルベン染料・チアゾール染料・トリフェニルメタン染料・ニトロ染料・ニトロソ染料・ピラゾロン染料・メチン染料・硫化染料などに分けられる。合成過程は,出発原料に無機・有機の薬品を作用させて中間物をつくり,中間反応によって初期の色素を得る。染料中間物にはアニリン・クロルベンゼン・ナフトール・ニトロトルエン・ベンジジンなどさまざまな反応中間体が用いられ,中間反応には置換基導入に関するもののほか,縮合反応・分子内転位・カップリング・ジアゾ化・ニトロ化などがよく用いられる。染色的に分類すると,直接染料・建染染料・分散染料・塩基性染料・酸性染料・媒染染料・酸性媒染染料・ナフトール染料・反応染料・油溶性染料・可溶性建染染料・硫化染料・硫化建染染料・螢光漂白剤・酸化染料などに分けられる。たとえばアントラキノン染料は,アントラキノンから透導される染料の総称であり,さらにこれを構造別にみると,アントラキノンの単純な置換体(分散染料で青),アシルアミノアントラキノン型(建染染料で紫),アントラキノニルアミンまたはカルバヅール型(酸性染料で灰),アントラキノンアクリドン(建染染料で赤),アントロン系(建染染料で橙),そのほかフラバントロンなどのようにアントラキノンと複素環の縮合環をもつものなどがあり,中間物と中間反応の違いによって構造的にも染色的にも異なる種々の染料が合成される。なお,染料合成の原料となる芳香族化合物はいずれも不飽和結合をもつが,1876年 O.N.ウィットは有機化合物が色をもつようになるために必要な条件としてこの不飽和結合をもつ原子団を発色団と名づけている。発色団がベンゼン核に結合したものを色原体といい,この色原体に発色性を強めたり染色性を付与するために導入する原子または原子団を助色団という。現在一般に発色団とされるものは,ベンゼン核と結合して長い共役二重結合で結ばれたπ電子系をもつような構造をつくる原子団で,助色団はこの系内のπ電子の運動に影響を与え,色原体との結合位置によって深色効果や浅色効果を示す。
【染料合成と染料工業発達史】19世紀中期以降,有機化学の発達を背景に生まれた染料合成技術は,その起源より工業化と密接に結びつき,19世紀末から20世紀初頭にかけて天然染料をほとんど駆逐するほどの発達を遂げた。その幕明けは1856年,イギリスの化学者 W.H.パーキンがコールタールの分留から得たアニリンからマラリアの特効薬キニーネを合成しようとして偶然に赤紫色の色素を発見したのに始まる。パーキソンはこれをティリアン=パープルと名づけ,翌1857年染料工場を設立して染料生産の工業化に乗り出した。しかし続く10年ぐらいのあいだにアニリンを基とするアニリン染料が次々と発見されると,パーキンの試みは失敗に終わる。1859年フランスで2番目の合成染料マゼンタが合成され,以後イギリスとフランスを中心に黄・青・緑ほかいくつかの合成染料が発明されたが,これらは化学者の経験と偶然から生まれたもので本格的な大量生産にまではいたらなかった。染料合成は理論的裏付けを与えたのは古典有機化学構造論の基礎の確立者 F.A.ケクレである。1858年ケクレは炭素の原子価理論を立て,1865年にベンゼンの構造式を定めて芳香族化合物の分野に礎石を置いた。ついでグレーベとリーベルマンが1868年にアントラセンからアリザリンを透導するのに成功。アリザリンが茜根に含まれる天然色素と構造上同じ物質であることを明らかにした。このように化学構造式が決定されてくると,染料合成に構造化学の基盤が与えられ,工業化が推進されてくるようになる。1860年から1870年代にかけて,のちに大企業へと成長する染料会社数社の創立が相次いだ。なかでも H.カロの指導により1870年からアリザリン合成を開始したバーディッシュ=アニリン=ウント=ソーダ会社(BASF)の発展はめざましいものであった。1872年ドイツのアリザリン生産額はイギリスを超え,このころから世界の染料工業の中心はイギリスからドイツヘと移る。その背景には,1845年からイギリスに招聘されていた A.W.ホフマンやカロらの化学者が帰国し,ドイツの染料工業界の指導的立場に立ったこと,ドイツが製法特許を確立し,外国の化学製品に高率関税をかけるなど,積極的な化学工業発展策をとったことがあけられる。また1870年代半ばにはジアゾ化合物の構造が明らかになり,以来アゾ染料が合成され,続いて1884年には直接木綿染料,1894年には硫化染料と次々に重要な染料群が発明され,1897年にはBASFが合成インジゴの工業化に成功,こうして19世紀末には染料工業はいよいよ本格的な大量生産の時代を現出した。一方,ドイツの合成インジゴの増産に伴い,それまでイギリスが独占していたインド産天然インジゴ藍は減産に追い込まれ,インドの藍栽培面積は1913年には対1896年比で13.5:1に激減した。またこのころから,染料合成技術は新しい色素の発見よりも品質の向上にむかい,染色堅牢度,耐光堅牢度,洗濯堅牢度ともに著しく改善されてくる。第一次世界大戦のため世界の染料生産の中心であるドイツからの染料輸出が止まると,染料自給を余儀なくされた各国は化学工業奨励策をとり,以後世界の染料工業は大きく発展した。