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●暹羅 せんら

アジア タイ王国 AD 

 タイのアユタヤ朝(1351〜1767)の中国人による呼称。暹が羅斛(らこく)に併合され暹羅斛と称したと『明史』に記し,のちに略して暹羅と書く。スコータイがロッブリ,のちのアユタヤに併合された史実を示す。日本でも『暹羅国山田氏興亡記』の書名のように,山田長政が南洋日本人町にいたころのアユタヤを暹羅と称した。1351年ラーマティボディが中部タイのアユタヤを都として建国し,16世紀なかばまでに領土は北タイのチェンマイ,東のカンボジア,南のマレー半島,西のビルマのタボイに及んだ。15世紀後半には宮廷5省,副王制サクディナー身分階層制を整備。16世紀後半にはインド洋岸の港市をめぐりビルマと争奪戦を続け,17世紀には西欧貿易とキリスト教布教を認めた。アユタヤには西欧商館,中華街,日本町が栄えたが,1688年の王宮反乱後,港を閉鎖した。18世紀にはセイロン仏教の文芸が栄えたが,後半に入りビルマの進攻を受け,1767年アユタヤを占領されて王朝は滅びた。