●善無畏 ぜんむい
アジア インド AD637 パッラヴァ朝
637〜735(貞観11〜開元23)インド出身の翻訳密教僧。訳名は浄師子だが,一般に義訳名の善無畏で呼ばれている。また無畏三蔵ともいう。密教創始者の1人とされ,金剛智,不空とともに開元の三大士と称される。13歳で烏茶国の王位を継いだが,諸兄の争いにあい,位を兄に譲って出家し,那爛陀寺に赴き,達摩鞠多に師事して密教を学ぶ。達摩鞠多のすすめによって中国に赴き,716年(開元4)長安にいたると玄宗によって厚遇され,長安の興福寺,西名寺,洛陽の大福先寺に住して訳経に従事。732年帰国を願い出たが許されず,735年11月禅室にて没した。訳出経典には『大毘盧遮那成仏神変加持経』(大日経)7巻など,密教の重要な経典がある。彼の弟子一行は大日経訳出の訳場に加わり,『大日経疏』20巻を著した。また『日本書紀』編纂に参加し,仏教公伝の記事を書いたといわれる日本の僧道慈も入唐時師事した。