●専売制 せんばいせい
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幕府または諸藩,あるいは国家が,財政上の収益を得るために,特定商品の生産および販売を独占する制度をいう。江戸時代における専売制は,金沢・仙台藩の塩専売制のように,すでに初期から実施されているが,中期以降,諸藩の財政窮乏が表面化すると,多くの藩で実施されている。また,幕府も鉄座,銅座,人参座などを設け,専売による利益の獲得をめざした。専売制の実施にあたっては,特定商品の買占めを必要とするが,その形態には,領主自身が直接,商品の買占めにあたる直接的購買独占と,城下有力商人らと提携し,彼らに資金を与えて買占めを行わせる間接的購買独占との二つがある。また,その商品の販売の形態には,領主が独占した商品を領内に一手に売捌く領内配給独占と,商品を大坂や江戸市場に送って売捌く領外移出独占との二つがある。多くの場合,専売商品の仕入れおよび販売にあたっては,その業務を専門に行う産物方,産物会所,国産会所などの役所が設けられ,そのなかには統制の対象となる商品名を付けた紙会所,木綿会所,砂糖会所といった名称をもつものもある。また,間接的購買独占の場合には,城下の有力商人や統制の対象となる商品を扱う問屋商人が会所の頭取に任命されている場合が多い。領主は商品の買占めにあたって資金の準備を必要とするが,中期以後,諸藩で藩札が発行されると,藩札でもって商品を購入し,これを大坂,江戸へ送って正貨を獲得する方法がとられた。そのため会所と並んで藩札発行のための会所を併置した例もあり,なかには会所頭取の有力商人が藩札発行の札元を兼ねた場合もあった。専売の対象となった商品は,江戸全期を通して紙が最も多く,続いて櫨(はぜ)および櫨蝋,漆(うるし)および漆蝋,塩・藍(あい)・砂糖・繰綿・木綿・青莚・生糸・絹織物・煙草・寒天・蒟蒻(こんにゃく)・人参・明礬(みょうばん)など,実に多種多様である。専売制の具体例としては,初期では金沢藩の塩専売制の実施がある。この藩では,古くから能登半島を中心に揚浜(あげはま)塩田による製塩が行われていたが,藩は塩手米(しおてまい)との交換で製塩を独占し,これを領内各地の問屋を通して一手に販売した。中期には,諸藩は財政窮乏に苦しみ,米以外の領内商品に注目し,これの奨励をめざして殖産興業政策を実施し,その商品が発達すると専売制による独占をめざした。中期専売の例としては,西南諸藩における紙専売制の実施や,東北諸藩における生糸・絹織物専売などがある。また,各藩で多種多様な商品に対する専売制が実施されている。後期には,薩摩藩における砂糖専売の実施などが有名である。なお,専売制が実施されると,これまで専売商品の生産や販売に関係した人々は,藩の統制によって自由取引を禁止され,このため各地で生産者や仲買商人らによる専売制反対の動きが広まった。なかには専売反対の動きの前に,中止を余儀なくされている例もある。また,専売制が実施されても,辺境の雄藩を除いて,それが長期にわたって実施されている例は意外に少ない。明治時代における専売制には,煙草,塩,樟脳専売の実施がある。煙草専売については,早くからその計画があったが,1898年(明治31)にまず葉煙草の専売が開始された。これは日清戦争後の財政不足を補うために実施されたもので,このため各地に棄煙草収納所が設けられている。ついで1904年(明治37)に煙草専売法を施行し,独占した葉煙草および輸入葉煙草を政府自身が加工して一手に販売した。また,そのために東京,大阪などに製造所を設けた。1905年(明治38)からは塩専売制が実施され,政府による製塩の買占めが実施され,製塩業者も許可制となった。1908年(明治41)には,販売も煙草と同じように,政府の指定した元売捌人および小売人を通して販売された。樟脳は1899年(明治32)にまず台湾の樟脳が専売となり,1903年(明治36)からは国内産もその対象となった。なお,これらの専売事業は,1907年(明治40)からはすべて専売局の管轄となった。