●セント=ヘレナ
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南大西洋の孤島で,ナポレオンがワーテルローの敗北後,流刑され病没したところ。西経7度南緯17度付近にある。1502年,ポルトガル人航海者によって発見され,オランダが数年間占領したのち,イギリス西インド会社が1659年に施設を建てた。イギリス政府の決定により1815年8月初め,ナポレオンはラス=カーズ伯,グールゴ将軍,モントロン伯,ベルトラン将軍の4人の部下と召使い少数を従えプリマスから出航,10月中旬同島についた。ロングウッドの地でイギリス人島司ロウの侮辱に耐えつつ,ナポレオンは本国から資料を取り寄せ,回想録の口述を行い,ラス=カーズなどに筆記させた。この回想録は人民の自由のために王党派や全ヨーロッパの反動勢力と戦ったことを強調し,1823年に『セント=ヘレナ日記』全8巻として公刊されるや,ナポレオン伝説の形成に大きく寄与した。ナポレオンは死ぬ3年前から胃癌におかされ,1821年5月5日,52歳で死去した。