●占田・課田制 せんでん・かでんせい
アジア 中華人民共和国 AD
中国,西晋の土地制度。『晋書』食貨志に,西晋の武帝が中国統一後(280)戸調式を発布したとあり,占田・課田の規定がみえる。一般的規定では,占田は男子1人70畝(約350アール),女子30畝で,課田は丁男(16〜60歳の男子)が50畝,丁女(16〜60歳の女子)が20畝,次丁男(13〜15歳,61〜65歳の男子)が25畝である。官人の占田については,第1品が50頃(けい)で,以下1品ごとに5頃減少し,第9品は10頃である。占田は土地所有を制限し,課田は土地の耕作を課したものと解されるが,その構造は条文簡略のため諸説がある。占田が一般民を,課田が旧屯田民などを対象とするという説や,一般民に占田額の枠内で課田の耕作を義務づけたとする説も有力であるが,占田として戸主対象に土地所有を制限した上で,戸主およびそれ以外の丁男などに課田として公有地の耕作を課したとするのが妥当である。税率は占田が畝当4升(約0.81),課田が畝当8升であったと考えられる。ともかく,大土地所有を制限しながら農民の土地を再編成し,墾田面積を拡大し税収の安定をめざすもので,均田制に先行する制度として重要な意義をもつものである。